Mar 03, 2009
IDカードは何だよ。
IDカードという言葉自体を聞いたことがない。 ICチップなどのカードはよく聞くけどね。銀行のキャッシュカードとか。 IDカードの仕組みはどうなっているのだろうか。全く想像つではないが。元のIDという言葉の意味を知ることができないと言うんですね。よく登録サイトでIDと呼ばれることは頻繁に来るが、まだIDの意味を知らないのだ。某有名ショッピングセンターをうろうろしていたが、クレジットカードの勧誘の人に"クレジットカードを作りませんか"と言っていました。 "いやです。"逃げにかけてですが、相手はそのクレジットカードがいくら便利に力説して逃げるのもおっくうになりますカードを作ってしまいました。しかし、やはり便利どころか、使用する場面ではなく、やっぱり作るのがなかったと後悔しきりです。
マラソンとヨットによる世界一周「アースマラソン」に挑戦中のタレント・間寛平が4日朝、ヨットで福岡・西福岡マリーナマリノアに到着。2009年元日に千葉からヨットで出航して以来、2年ぶりに日本上陸を果たした。昨年1月には前立腺がんが判明し、治療を続けながらの約4万キロの行程だった。2人の孫ともやっと再会。「東へ東へ走ってたら、また戻って来られた。地球はホンマに丸いんや」。細い目に、感動の涙が浮かんでいた。
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マラソンとヨットで地球を1周する「アースマラソン」に挑戦しているタレント、間寛平(61)が4日朝、中国・青島から福岡市西区の西福岡マリーナに到着、約2年ぶりに日本上陸を果たした。
赤色のマリンスーツ姿で、両手を振りながら入港した寛平は、辻本茂雄や山田花子ら吉本興業のタレントをはじめ2500人以上の出迎えに涙を浮かべ、「帰ってきたぞ〜!」と叫びながら、ヨットのデッキから降り立った。
上陸後は妻の光代さん、孫のゆうやくん(4)とみゆちゃん(2)と対面。みゆちゃんを抱き上げると、「寛平やで、覚えてるか」と声をかけた。寛平は「めちゃうれしい。大変やったけど、皆が待っている。家族が待ってくれているから頑張れた。日本は暖かいなあ」と感慨深げに語った。
この様子は、日本テレビ系「ズームイン!!SUPER」で生中継。番組ゲストで、箱根駅伝で総合優勝した早稲田大・渡辺康幸監督から「来年の“山登り”(5区)をお願いします」と声を掛けられ、苦笑いしていた。
午後には出発地の大阪に向けてマラソンを再スタート。「体調は絶好調。無理せんように自分のペースで走りたい」と寛平。今月21日に感動のゴールを迎える予定だ。
寛平は2008年12月17日に大阪・ミナミのなんばグランド花月をスタート。翌09年1月1日に千葉・鴨川からヨットで離日し約2カ月かけて太平洋を横断。米ロサンゼルスに上陸し、アメリカ大陸を走破すると、大西洋をヨットで渡った。
09年8月には仏ルアーブルからユーラシア大陸横断に挑戦したが、昨年4月にトルコで前立腺がんが見つかり、米国で治療を受けるために約2カ月間も中断した。
再開後は順調に歩を進め、昨年12月27日に中国・青島に到着。約1万5000キロに及ぶユーラシア大陸横断を達成していた。
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マラソンとヨットで世界を一周する「アースマラソン」に挑戦中のタレント、間寛平さん(61)が4日、ヨットで福岡に到着した。約2年ぶりの帰国。同日午後、陸路で大阪に向けて出発する直前の寛平さんを囲んでの一問一答は次の通り。
−−帰国の感想は
「ほんとうに皆様のおかげでゴールできました。これからは皆様に恩返しをします」
−−到着後に「卵かけご飯が食べたい」といわれていましたが、帰国後の初の食事は
「豚骨ラーメンでした。めちゃめちゃうまかったです」
−−途中、船酔いがひどかったと聞きました。
「船の揺れがすごくて、青島を出港してからずっと嘔吐(おうと)してました。スタッフが食事を作ってくれても胃が受けつけてくれず、ほぼ飲まず食わずで帰国しました」
−−外国でギャグは受けましたか
「アメリカでは『パンプキン』のギャグがめちゃめちゃ受けました。6月には生中継もあり、子供たちに大いによろこんでもらいました。ただイランはだめでした。特に下ネタは、ぜんぜん受けませんでした」
−−走りながら何を考えていましたか
「いろんなことを考えていました。1日1個のギャクを考えました」
−−途中でやめようと思ったことはありませんか
「まったく思いませんでした。地球は小さな星だといわれていましたが、走ってみるともう全然。ものすごくでっかい星やと分かりました」
−−家族にはどのように声をかけましたか
「嫁には『ようがんばったな』と。本当に苦労をかけ、申し訳なかった」
−−がんが見つかって、ご家族とも現地で会われました
「嫁がイスタンブールに来て、一緒に病院検査を受けました。症状が重い場合は、嫁は僕を日本につれて帰る気だったみたいですが、僕は死ぬ覚悟で走るつもりでした。神様には転移していないようお祈りしました。転移がないと分かったときはほんま感謝。薬を飲みながらでも走れると聞いたときはものすごくうれしかった」
−−道中に忌野清志郎さんの訃報もありました
「亡くなったときいたときは頭の中が真っ白になりました。病状がそんなにひどいなんてまったく知りませんでした。旅立つ前に、アースマラソンの歌を作ってほしいと頼み、出発の1カ月前に曲が届きました。ものすごくうれしかった。曲を聴きながらマラソンを続けていました。福岡のヨットハーバーに入ったときは、『清志郎、日本についに着いたぞ!』と叫びました」
−−道中、どこの国が一番つらかったですか
「アメリカのペンシルベニア州が一番きつかったね。アップダウンが続くんです。ロッキー山脈を登るときは、さあ登るぞって覚悟できるんですが。ペンシルベニアは登ったと思ったら降りて、また登って…の繰り返し。足も悲鳴を上げました」
−−はきつぶした靴も相当な数では
「アメリカだけで40足以上のシューズをはきつぶしました。50足以上は確実でしょうね。1足で最長1064キロを走りました。かかとが破れて、石ころがはいってくるんです」
−−着替えなどは
「洗濯は自分でしてました。アメリカではあまり洗濯をせず、汗をかいたシャツを車内で干し、乾いたらまた着るの繰り返し。相当くさかったみたいでスタッフにえらい迷惑かけました。ある国のせっけんはできが悪くて、泡がなかなか立たなかったけど、洗濯の腕は上げました」
−−目に焼きつくような大自然の美しさに接したこともありましたか
「洋上でみた虹はきれいやったな。イランを走ったときの光景は…火星やったな」
−−いよいよ大阪までのラストラン、どんなことを思いながら走りますか
「絶対泣くでしょうね。サングラスで涙を隠して走りたいです。皆さんのメッセージが支えで本当にここまで走れました」
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